ほんとく日記

天下第一神鍼

IMG_20141028_205644張如心先生

張士傑先生の後に、弟子入りした先生です。

北京で最も古い中医の病院である北京中医医院の鍼灸の先生で、賀普仁先生と同室で治療されておられました。

過去に中国医療隊で海外に派遣された際にカダフィ大佐の咽頭炎を治療されたりもしています。

同時期には王楽亭先生や于書荘先生も在院しており、第一線で活躍されていた先生です。定年後は長い間イギリスやフランスなど諸海外へ招かれ、北京へ戻ってこられた際に幸運にも弟子入りすることができました。

如心先生は普段は底抜けに明るく冗談好きで気さくでしたが、鍼灸に関しては底抜けに厳しかったです。私が刺鍼中に、教えたことと違うと手を払われたことも何度もありました。抜き打ちで頭部や背部の腧穴名・流注・寸法をテストされたり、冷や冷やしながら先生の曲池に刺鍼練習したこともあります。

ちょうど反日デモが盛んな時期でしたが、外来でも「お前が日本人であろうと私の弟子に変わりはない。あるのは師匠と弟子の関係だけだ。やるべきことは少しでも患者の苦痛を軽減させること。何か辛い仕打ちをされたり困った事があれば何時でも家に来なさい」と何度も話されました。当然反日の眼で私を見る先生の患者は一人もいませんでした。

当時日本人で弟子入りしていたのは私だけだったので言葉には苦労しましたが、思い入れも数多くあります。姉弟子には言葉から治療まで本当に助けていただき、病院の他の先生方や院長にもお世話になり、病院の行事にも参加させていただきました。先生には春節に手作り餃子をご馳走になったり、一緒に湯船に浸かったのも忘れがたい思い出です。

先生の60年以上に及ぶ学術はここでは書ききれませんが、気至病所や弁証論治、穴位同士の相性を先生から教わりました。古言を大切にされていましたが、捉われ過ぎることなく「科学性」も追求していました。決して目視のみで腧穴を定位せず、基礎に忠実に骨度法で測っていました。

論文はあれども、著書がないのが残念です。鍼感が走る気至病所は言葉だけでは表現できないと常々話されていました。

 

いつも綺麗にプレスされたスラックスを履かれ、ほんの少しの天津訛りと、見る者全てを魅了する笑顔、胆大心細な刺鍼に感服する先生です。

 

古色古香是中医,

切把科学为前提,

若要学习不彻底,

中不中来西不西。

 

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